2000年(平成12年)活動内容
(I) 概要
ISOEの活動を大きく分けると、データ収集とデータベースの管理、運営会合や各種専門家会合への出席、分析報告書の作成、等になる。

これらのうち、データ収集とデータベースの管理については、国内データの収集と、情報交換を行うとともに、アジアセンターの電算機システムの整備を行い、データベース管理機能の向上を図った。

運営会合等については、2000年11月に、第10回運営会合と幹部会に出席した。

情報交換については、CEPNが作成した第9年次総括報告書(1999)が出版、配付された。一方、ISOEアジア技術センターのホームページの更新を行った。また、インフォメーションシート No.13(国内の被ばく状況)と No.14(国内の定検中の被ばく状況)、及び国内関係者のISOEに対する理解を深めるために、アジア技術センター活動報告書(2000年)を発行した。その他、国内関係者及び他の地域技術センターからの問い合わせに対応した。

それぞれの事項の詳細は以下の通りである。
(II) データ収集と情報交換
日本国内の電力会社等に対し1999年度データ提供を依頼し、8月中にすべてのデータを収集することができた。これらの収集したデータを整理した後、9月中旬には全技術センターのデータ集計を行っている欧州技術センターへ送付した。また、10月末に他の参加国のデータを収めたフロッピーディスクが欧州技術センターより送付されたことから、アジア技術センターの参加者に配布した。
(III) 電算機システム整備
ISOEの被ばくデータ収集項目やデータベースの改良に対応し、当センターのデータベース・システムの整備を行っており、平成13年3月中に平成12年度の作業を終了した。今回は、電算機等設備のリース契約が平成13年2月末で終了することから、それに替わる新しい設備を導入した。また、ISOE 1データベースの構造が改良され、また、収集データ項目が追加されたことから、それに対応して国内用に日本語版データ入力ソフトを開発した。
(IV)第10回運営会合及び幹部会への出席
平成12年11月に開催された第10回運営会合と幹部会に出席した。3つのワーキング・グループ(データ分析、ソフトウェア開発、ISOE2指標)よりそれぞれの活動に関する報告があった。また、議長の交替・次期議長の選出が行われた。他の議事内容としては、2000年の計画の達成状況、各技術センターの活動状況、次年次活動計画、国別の報告等があった。一方、ISOEへの参加状況としては、ロシアの運転プラント14基と廃止プラント4基が新たに参加した(規制当局は未参加)。さらに、スロバキアから運転プラント2基、リトアニアと南アフリカの規制当局が参加した。
(V)アジアセンター・ホームページの作成
平成10年3月に開催された幹部会で、各技術センターごとにホームページを開設することとなった。これを受け、アジア技術センターのホームページを作成し、平成11年3月より運用を始めている。適宜、部分的に内容の更新を行った。引き続き、特に国内に向けてのISOE活動に関する情報発信に努めていく。
(VI)情報交換支援
ISOEの第9年次報告書(1999)が出版され、参加者に配布されたことから、国内関係者向けに日本語訳版を作成、配布した。 アジア技術センターとしてインフォメーションシートNo.13(日本国内の被ばく状況)及びNo.14(日本国内の定検中の被ばく状況)を発行し、アジア技術センター内関係者及び他の技術センターに配布した。なお、日本国内関係者のISOEに対する理解を深めるために、アジア技術センター活動報告書(2000年)を発行した。 その他、中性子被ばくや除染についての質問等、他の技術センターやISOE参加国からの問い合わせに対し、アジア技術センターのメンバーからの回答を取りまとめて返信する等の対応を行った。
(VII)ISOEデータの分析
ISOEで集計しているデータの例として、原子炉1炉当たり年間被ばくの年度推移を炉型別にまとめたものを主要国について図.原子炉1基当たり年間被ばくの年度推移 に示す。
1999年度の日本のBWRの実績は前年より増加し2.14人・Svで、他国はいずれも前年より低減し日本より低く、日本とほぼ同レベルだったのは米国(1.83人・Sv)であった。その他の国は近年においても良好な低減実績を見せており、それぞれ、フィンランド(0.47人・Sv)、スウェーデン(1.12人・Sv)、ドイツ(0.81人・Sv)、スイス(1.1人・Sv)で、その主な要因は次のとおりである。 フィンランド:作業スケジュール計画が良好であったことから全発電所においてプラント保守停止は8日-20日という短期間で実施され、それが被ばく低減に寄与したと思われる。
スウェーデン:過去10年にわたり大規模なプラント近代化が図られ、主に古いプラントの近代化が国全体の線量低減に寄与した。一方、1990年半ばに起きた保健物理の考え方の変化も効果をもたらしており、教育・訓練及び作業者各自の自己管理にまで及んでいる。 ドイツ:放射線防護手順及び方法の継続的な最適化、停止期間の短縮、高線量を伴うバックフィット及び保守作業の低減が被ばく低減に寄与した。
スイス:再循環ループ(1プラント)及び1次系ループ(2プラント)の線量率の低減が行われた。また、全プラントにおいて、燃料の挙動が良好であった。
また、長期的傾向としては、1970年代から1980年代前半にかけてドイツ、米国、日本において被ばくが多かったものの、種々の被ばく低減対策が実施された結果大幅に減少し、近年ではそれぞれ、ほぼ一定のレベルで推移している。ドイツにおける1993、1994年の線量は、再循環ポンプの交換や配管システムの溶接部検査により高くなった。フィンランドやスウェーデンは1980年代を通して1-2人・Svあるいはそれ以下で推移してきているが、このような実績を保ってきたのは主に、燃料の健全性、低コバルト鋼使用による放射性腐食生成物の低減、復水スクラビングと原子炉冷却材浄化系による水質維持、インターナルポンプの採用等によるものである。また、スウェーデンで1992、1993年に線量が高くなっているのは、1992年のストレーナ目詰まりによるトラブルを受け、いくつかの発電所で改造工事が行われたためである。また、1996、1997年は安全規制への適合工事のために線量が高くなった。
PWRにおける1999年の実績は、日本が1.02人・Svであったが、日本より少なかった国はベルギーで0.4人・Svであった。その他の国は1.05-1.23人・Svの間にあった。長期的にみると、いずれの国も1980年代後半からは緩やかに低減しながら安定して推移しており、ここ数年はいずれの国でも1-2人・Sv程度である。ドイツにおける1994、1995年の線量が高くなっているのは、一次系冷却システム溶接部の非破壊検査が多く行われ、また、検査の拡大やバックフィットにより運転停止期間が延長したことが大きく影響している。ベルギーはここ3年間特に低いレベルで推移しているが、1997年はある発電所での運転停止期間の短縮に伴う実施作業範囲の縮小や、また、鉛シールドを計画的に使用したことも結果的に好影響をもたらした。一方ある発電所では予防保全プログラムの再評価の結果、予防保全活動の量が有意に減少し、燃料取替に関する運転停止期間及び集団線量が更に改善された。以降もALARAに従い被ばくを最小限に止める努力を行っており、被ばくは低い実績で推移している。
(VIII)まとめ
ISOEの発足から10年が経過したのを機に、ISOE活動の推進及び原子力発電所における放射線防護に対する有効性を実証するため、これまでの実績と経験を纏めた「ISOE 10年誌」を2002年の発行を目標に作成することになった。振り返ってみると、1992年にOECD/NEAの下に正式に発足して以来、1997年に活動改善の検討、1998年からはIAEAが事務局にも参加という組織の変革とともに、参加者数も活動が安定し始めた1993年の13ヶ国より増大し、 2000年末現在で27ヶ国(79電気事業者と26規制当局)となり、ISOEデータベースには全世界の運転中商用炉の88%である380基のデータが含まれている。また、ISOEの基本を成す被ばくデータについても検討や拡充が図られてきている。一方、ALARAの実施や被ばく低減についての経験を伝え合う大小規模の会合も開催されており、1995年と1996年のトピカルセッションでは日本からも報告を行った。さらに、ISOEネットワーク有効に活用した海外からの種々の質問やアンケート調査に対しても協力してきている。
我が国における現状認識としては、通常運転や定期検査時におけるルーチン作業に対する被ばく低減対策はほぼ確立されていることから、被ばくデータの詳細な比較分析には積極的に関心はないものの、ISOE人的チャンネルや運営委員会の場における情報交換は有用だと捉えている。情報交換を通じた ALARAの実現という、ISOEプログラムの共通目的達成を第一義とし、その目的内で可能な限りの国際協力を行い、ISOEの成果物から日本における被ばく低減の参考になる具体的成果を得られるよう、今後も活動を継続していく。
図.原子炉1基当たり年間被ばくの年度推移